手羽先唐揚げのルーツ
2022.03.19
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今や全国区になったと言っても過言ではない、名古屋のソウルフード「手羽先の唐揚げ」。お店それぞれの個性が光って美味しいこの料理、いったいどのようにして名古屋の名物となったのでしょうか。
手羽先唐揚げが誕生したのは、大坪健庫という人物が創業した「風来坊」というお店です。
彼はかつて、北九州にて小さな料理屋を営んでいました。そこで唐揚げにタレをつけたものを考案した彼は広島や大阪へと足を伸ばし、どうしたら旨いタレが作れるかを試行錯誤しました。それはやがて若鶏の半身をそのまま揚げて焼き、そこに熟成したタレをつけて食べる「ターザン焼き」という料理として実を結びます。このユニークな名前は、当時流行っていた映画「ターザン」のワイルドさによるものでした。
そして名古屋にやってきた大坪氏、熱田区比々野に「風来坊」をオープンします。
ある日、仕入先にて彼はターザン焼の丸鶏の注文が発注ミスで入っていないことを知りました。このままでは店を開けることができません。そこでふと目をやると山のように手羽先が積まれているのを見つけました。当時手羽先はスープのダシを取る材料程度にしか使われていなかったのですが、この時大坪氏にはまったく違ったものに見えたようです。
(この手羽先にあのタレをつければ…)
そして「風来坊」のメニューに手羽先唐揚げが加わりました。半身丸ごとの「ターザン焼き」は手が出なかったお客さんも、安くて美味しく気軽に食べられる手羽先はとても魅力的だったのです。手羽先唐揚げは、瞬く間に大ヒットとなり、多くのお客さんがそれを目当てに訪れるようになりました。現在日本各地や海外店舗を展開する、同じく手羽先唐揚げで有名な「世界の山ちゃん」の創業者、山本重雄氏も「風来坊」に通って味の研究をし、「世界の山ちゃん」を創業するに到っています。
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